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■ 自分の座標軸――平成23年1月
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明けましておめでとうございます。年頭に当たりまして皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申
し上げます。
昨年末から新年にかけて寒波襲来・・・家に篭っていたいような三が日・・・皆様は三日間どの
ようにお過ごしでしたか?
今年は『卯年』うさぎちゃんの年ですね! 飛躍の年と言いたいところですが、しかしながら古
(いにしえ)の伝説『因幡の白うさぎ』や寓話『うさぎと亀』の主人公の兎ちゃんは、どちらも相手
を騙したり軽んじたりして、惨めな手痛い結果を招くという余り有り難くないお話が多く、従来の
兎に抱く「おとなしくて賢い」イメージとは一致いたしませんね。
突然話題が替わって申し訳ありませんが「軽んじられる」ということ―私たちは選挙により民主
党政権を選んだのですが、普天間基地問題で政権挫折・・・対米外交にも不協和音が出た結果、
中国とは尖閣列島問題、ロシア相手に北方四島問題で弱腰外交が目につき、長引く経済不況問
題もあって国民の支持を失ってしまいました。やっぱり日本が世界で軽んじられるのを見るのは
嫌やねえ・・・。外交は武器を使わない戦争といわれるそうですが、国家としてできる根回しなど
をして、(ロビー外交や経済援助)日本はまだまだ底力のある国と外国に認識されるような国力を
回復してほしいものです。すくなくとも国会の場で政権闘争に明け暮れるような場合ではありませ
んね。『卯年』に例えて「おとなしくて聡明な日本」勇気をもって今年は飛躍してほしいと願います。
この間から考えていたのは「自分としての座標軸」――座標軸というか、もう一方では曼荼羅の
上にたっている自分・・・座標軸は面白いですねえ――点・線・奥行・容量のあるかたち・時間・
空間etc-その上でどこに自分が存在するのか、自分の立ち位置をどこに置いたらよいのか!!
お正月の三日間納骨堂の留守番をしながら浅田次郎氏著の「中原の虹」を読みました。
相変わらずの飛ばし読みで内容を把握してないかもしれませんが、その一節
「生きとし生ける者、なるべく正しくなるべく深く歴史を知らなければならない。何故ならば何時い
かなる時代に生きる者も、みな歴史上の一人であるからだ。では何故歴史を知る必要があるの
か?自分の歴史的な座標を認識する必要があるからだ…中略
全ての欲望を捨て自分の権利を捨て去ることが「政治」であり、それを体現する者・民の平安を
わが勲とするものが「政治家」である。更に過去の歴史を照覧し現在の状況を思案して未来の
民に利をもたらすことが上善の政治である。――後略」
さて―私の座標軸・・・いつも変りようがないのですが、心をこめて「圓満寺」を支えること、
訪ねてこられる皆様の気持ちを少しでも癒して差し上げること、少しでも本尊さまに親しんでいた
だいてご加護を頂戴してもらうこと、圓満寺が次の世代にも必要とされるよう力を尽くすこと――
圓満寺に御縁があって存在しているのですから、ちゃんと働かなくてはね!!!
また話題が替わりますが、圓満寺では1月末の30日恒例の初不動柴燈護摩供養法要を相努め
ます。今年の各家の皆様の平安を祈願して執り行います。どうぞ皆様お揃いでお参りください。
合掌
平成23年1月8日
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■ 二月を迎えました――平成23年2月
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二月は如月(きさらぎ)とも申しますが、寒さが募る日々、着物の上にさらに着物を重ね着すると
言う意味で「着更着(きさらぎ)」と名付けられたとも言われていますが、ここ数日は新年からの
寒さが少し和らぎ、穏やかな「節分」と「立春」を過ごすことができました。
節分と立春…旧暦では大晦日と元旦にあたりますが、一説に拠れば「秋冬の神と春夏の神が
交代する境目の日」――この季節の交代する日々に忍び寄る災厄の精霊を追い払い、幸運の
訪れを祈願するため各地で「鬼追い」や「湯立ての神事」「節分星供養祭」が行われています。
圓満寺では先日「初不動柴燈護摩供養法要」を行い、不動明王様の全ての災厄を焼き尽くし
全てを浄化する「火」で皆様のご運を清めていただきました。今冬一番の寒さでしたが、大気も
清らかに澄み渡り晴れやかな一日で柴燈護摩の火もとても綺麗に立ち上がり、護摩の煙にも
皆様があたっていただけたので、とても有り難い厄落としに出会って戴けたのではないかと、
喜んでおります。
さて2月は円満寺の行事がなくて余りご案内する話題も少ないのですが、先日寺族の御詠歌
講習でお勉強した「高野山根本大塔和讃」にちなんだお話におつきあい戴きたいと思います。
帰命頂礼大日尊(きみょうちょうらい だいにちそん)
仰(あお)げばいよいよ高野山(たかのやま)
その中台(ちゅうだい)にそびえたつ
真言流布(しんごんるふ)のみなかみや
根本護国(こんぽんごこく)の大塔婆(だいとうば) ――後略――
さて和讃の内容ですが、「根本大塔は弘法大師空海様が、大日如来さまのご加護によりこの
世を浄土と化す祈願をされて建立されたこと、塔が真言宗の教えそのものを表現していること、
浄土実現のためには国がよく治まり、民が満ち足りて安らかであるよう祈願すること、私たち
信徒は大日如来さまとお大師様のご加護に深く感謝して、篤い信仰を捧げなさい。」・・・
私なりの解釈でごめんなさいね。一番のみをご紹介したのですが、言葉がむずかしくわかりに
くいですね
皆様もすでにご存じだとは思いますが高野山には二大聖地ともいわれる奥之院と壇上伽藍
(だんじょうがらん)が中心となっています。奥之院は弘法大師空海さまの居ます御廟所、大師
信仰の源であり、また壇上伽藍は真言宗の教えの中心になる金堂をはじめ諸堂がたち並び、
人々の信仰をあつめています。
その中でひときわ異彩を放ち参詣者を圧倒する朱塗りの大塔が高野山根本大塔です。
本当に美しい!!!の一言に尽きると思いますが、現在の塔はお大師様、第二世の真然大徳
(しんぜんだいとく)様建立の塔ではありません。何度も落雷の火災にあい、現在の塔は昭和
12年に復興されたのだそうです。でも私より???才年上、もう74歳にもなっているんですねえ。
とにかくこの美しい塔は真言宗の教主さま、大宇宙の存在そのものの大日如来様の存在と
その教えを目で見えるかたちで表現し存在しています。
真言宗の教えは「人との調和・自然との調和」そのためには「自分の役割をどのように生きる
べきなのか」を目指しているのではないでしょうか?
真言宗の難解な教えをつまびらかにご説明はできませんが、根本大塔は外から拝しても、
内部を拝観しても、美しい調和に尽きるとおもいます。「この世を浄土へ」とのお大師様の御
誓願が私たちにもひしひしと伝わってくるような、そんな気がしてなりません
ちなみに根本大塔は金剛界曼荼羅を象徴し、内部には本尊さまとして胎蔵界(たいぞうかい)
大日如来さま、周囲には金剛界の四仏さま(阿しゅく・宝生・阿弥陀・不空成就)が立ち並び
柱には十六菩薩が描かれている、金胎不二(こんたいふに)の大曼荼羅となっています。
またお大師様は真言密教の源流である、南天竺の南天鉄塔に模して根本大塔を建立された
とか――
弘法大師付法伝によれば、真言宗の起源は釈尊入滅後約800年(1700年以前)の頃、龍猛
(りゅうみょう)(龍樹)菩薩が出世せられて、南天鉄塔を開いて秘密教を初めて人間に流布せ
られたと言う。南天とは南インドの事で、そこに存在したといわれる塔である。伝説によれば
大日如来の所説の法門を、その上首たる金剛薩?(こんごうさった)が結集して、機を見て授
けんとしてこの塔に納め覆いたるを、龍猛菩薩がついにこれをひらいてその経典「金剛頂経」
を伝授せられたとされる。
南天鉄塔の発掘についてはインド在住の日本人僧『笹井秀嶺僧正様』が尽力されている
ことを、先年の「よもやま話」で確か紹介したのではないかと記憶しています。
笹井僧正さまの篤い心を戴いて私たちも一層精進したいものです。
合掌
平成23年2月8日
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■ 花水木の季節――平成23年5月6日
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あっと言う間に5月を迎えました。花水木の季節ですね。
ついこの間まではソメイヨシノや山桜の見事な花のうねりや八重桜のぽったりした花々をめでて
いましたが、東北の方々の災難が心を離れず、自分たちの不自由のない日常を本当に申し訳な
く感じる毎日でした。
ようやくこの頃は、被災していない私たちが日常通り遊んだり消費することが、世の中のお役
に立つ・・・とのテレビや新聞の報道をみながら、「ああ、私たちも遊んでいいのかなあ・・・」と
思えるようになりました。
何かお役に立てるようなことがあれば!とか「被災された皆様が笑顔になれるようなお役に立
ちたい」と思うのですが、義捐金の寄付しかできなくて、申し訳ないことだと思います。でも3/11
から1か月余り・・・復興に立ち上がりかけた話題を目にして、思わずほっと胸撫で下ろす今日
この頃です。
この度のゴールデンウィークの休日を使って日帰りバスツアーでボランテイアされる方とか、、
どうしようもなく大変な現状ながら力強く勇気がわく話題もあって、本来の日本人の素晴らしさ
を思い起こして感動する毎日です。心を一つに…「がんばれ…日本!!!」ですね。
さて見渡す限りのみずみずしい若葉の季節となりました。特に薄紅色や薄緑の柔らかい色合い
の花水木は本当に初夏にふさわしい景色で私たちの目を和ませてくれます。
今年はお水取りが過ぎても何だかうすら寒い日々でしたが、そのためか牡丹の開花が例年よりも
遅れて5月5日の花祭りに皆さんにご覧いただくことができました。
ちょっと遅れてしまいましたが、花祭り髪納め法要のおはなし・・・花祭りは灌仏会(かんぶつえ)
ともいわれて、釈迦如来の生誕祭・・・お釈迦様が生誕されたとされる4月8日(卯月八日)には
「摩耶夫人がルンビニーの花園でお釈迦さまを産み、その折に天から龍が下りてきて香水を
吹き注ぎ産湯をつかわせた」などの故事に基づいて行事が行われています。(花御堂の花はル
ンビニー園の花を、甘茶は天からの香水を象徴しているとされています)
また日本古来の伝承によれば「卯月八日」は「農事はじめの日」とあり、春の一日山に入って、
水向け供養・花供養を行い、花枝に山の神(田の神となる)あるいは先祖霊を依り代(よりしろ)
として付着させて持ち帰る習いであったそうです。このご先祖の霊に供える花供養が圓満寺の遺
髪供養につながるような…さまざまな花に包まれたゆかしい行事といつも感じて務めさせて戴い
ています。当日は新仏様のお塔婆供養を読経と「花祭り和讃」で行い,髪塚に遺髪を納めていただ
いて水向け供養を行って、たくさんの皆様にお参りいただきました。
圓満寺の行事はそれぞれ意味合いがありとても有り難い行事なのですが、花祭りの行事は本当
に一杯のお花に包まれた華やかな行事で、皆様にももっとお参り戴けたらきっと賑やかな行事と
なり、素晴らしいお参りをしていただけるのではないか?と、とても期待しています。
甘茶はお家の四方に撒けば、一年の虫除けになるとか、墨に甘茶を入れたらお習字が上手にな
るとか・・・いろいろな謂われもあるそうですよ。
六月末には庚申大祭・大般若経六百巻転読法要を相努めます。猛暑の季節を迎える前に皆様の
除災・健康を祈願する法要ですので皆さまお揃いでお参りくださいね。
また六月初めころから皆さまに長くお待ちいただいていた新納骨壇永代供養の予約を受け付け
ます。よろしければどうぞご利用下さいませ。
合掌
平成23年5月6日
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■ ――私の体験発表「寺とともに過ごした人生」―― 平成23年7月
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7月にはいり10日余りが過ぎてしまいました。8日には去年より10日程早い梅雨明けで、
たちまち直射日光がジリジリと降り注いでまいりました。今年は15パーセントの節電とい
うことで、高齢者が熱中症で病院に搬送される方が増えているとか・・・、十分にご自分を
大切にしていただきたいものです。
さて私はこの度いろいろな行事が重なり「7月のよもやま話」の準備ができませんでした。
お読み戴いている皆様に申し訳なくて、お詫び申し上げます。
先日通学している「いなみ野学園」の体験発表をいたしました私の原稿をご披露して、
「よもやま話」の代わりとさせて頂きます。
「寺と共に過ごした人生」
――私は昨年から文化1組で皆様の仲間に入れていただいている亀田孝子と申します。
私は加古郡播磨町の「円満寺」というお寺で生まれて、約40年間住職の家内として過ごし
ています。若い頃はほんの少しOLをしたこともあったのですが、結婚以来余り外にでる機
会もなく過ごしてしまい、「体験発表」といってもあまり皆様にご披露することも少ない人間
なので、とにかく日頃の有るがままをご紹介して聞いて戴こうと思っています。
私はちょっと戦前うまれ・・・両親は二人共明治の人でした。戦前戦後の苦難を乗り越えた
人達なので、勤勉で自分に厳しく質実剛健、母の方はとにかく働き者で自分に厳しく人にも
厳しく、周囲から一目置かれていました。私は60数年の人生で両親と長男を見送りました
が、「臨終」というのはそれぞれの人生の集大成・・・それぞれ大切な重いものを残して
くれたように思い出されます。
母は働き抜いての突然死―お風呂に入るのが好きな人で「無理やと思っても風呂に入るの
を止めるな。」との口癖通り、お風呂に入ったまま突然旅立ってしまいました。残された私は
悲しむ暇もなくて母の残した足跡を埋められず、色々非難をうけましたが、「まあ・・・いいや、
母のようには到底出来ない。自分の遣り方でやっていこう!!」と、あきらめとも違うの
ですが、居直ってしまったというか?とにかく自分の遣り方を探そう!と、強く感じた事を
記憶しています。
一方父親は99才まで天寿を全うしてくれましたが、にこやかな賢い老人で毒の有ること
は言わない、感謝の言葉を口にする・・・もっとも自宅では別の一面もみせていましたが、
「一日でも長生きしようと頑張ってきたが、もうしんどいなあ・・・」と言ったきり徐々に弱り
最後は眠るような臨終でした。年寄りになったら「可愛らしいお婆ちゃんにならなくては!」
と言うのが私の目標の一つになりました。感謝の一言で周囲を和ませることができる。
そして卑近な言葉ですが、自分も得をする・・・とても大切なことではありませんか?
そしてなによりも痛恨事はふたりの息子に大病をさせてしまったこと、その結果長男を
死亡させてしまったこと・・・成行で仕方のなかったことかもしれませんが、申し訳ない事
だったと、心から離れる事がありません。長男は慢性骨随性白血病、骨随移植を受け
ましたが、体内で白血球同士が攻撃しあって、本当に無残な死に方をさせてしまいました。
私は最後まで苦しみを分かちあえなかった自分を責めて、生まれ変わって出会う事が
できたら詫びなければと常に考えています。でも長男は27才の人生でしたが、自分の
目的も楽しみもある程度達成した結構中身の詰まった人生やったなあ・・・と、今になって
漸く思えるようになった今日このごろです。
さてお寺での日常・・・「大変やなあ」「結構やなあ」皆様から色々な評価をうけたり、
興味を持って戴いたり・・・しかし、この頃はマイナスイメージの方が強いのではないか?
と、とても気がかりです。
寺族婦人の立場からいえば、日常は24時間体制で拘束時間が長いこと、常に雑用で仕事
の成果が見えないこと、有り難いことは、お寺の慶事や弔事にも皆で思いを共有してもら
えること、良きこと悪しきこと「あざなえる縄の如し」で区別のつかないように感じられます。
ご本山からの指導では「住職は現在・過去・未来の大導師としての役割を担い、寺族婦人
は雑巾のごとく世の人々の心の塵を払ってあげなさい」との指導を受けたことがありますが、
私たちは住職の補助として、皆様の悩みや要望を伺い、出来るだけ笑顔で聞き役に徹し、
心晴れやかにご自宅にお帰り戴くよう務めています。
そして一般の皆様からご覧になれば、わかりにくい仏事のこと・・・、お坊さんは檀(仏壇)
の前に座って、指を組んだり、ブツブツ言ったり何してるんやろ?判れへんなあ?とか思って
おられないでしょうか?住職は皆様のかわりに、壇上にご本尊さまやお大師さまをお招き
して、ご祈願やご回向の趣旨を仏様につたえ、仏様のお慈悲や大威神力(だいいじんりき)
を皆様に授けていただくよう作法を行い祈願をしています。皆様の一番気にしておられる
「お葬式」―住職は仏様のお導きを得て、死者の魂を鎮め、安らかに来世に生まれ変われる
ように、お手引きをしております。
宗教者は皆、この世も来世も安らかに、皆様が満ち足りて心安らかであるよう祈っている
のではないでしょうか?
誰方かが国難とも例えておられた「東日本大震災と福島第三原発事故」・・・直接のお手伝い
ができなくてとても残念ですが、「犠牲者への謙虚な祈り」「供養のこころ」そして何をもって
皆様のお役にたったら良いか!遅きに失しているかもしれませんが、私達は真剣に具体的
に一歩一歩踏み出す必要があると強くかんじています。
「体験発表」のご紹介のつもりでしたが、熱くなりいろいろなことを書き加えてしまいました。
来月は「お盆」を迎えます。8月の「よもやまはなし」はお盆のお話をご紹介できたら・・・
とかんがえています。どうも失礼いたしました。ホームページに訪問して下さる皆様、どうぞ
暑さに負けないで日々をお過ごしください。
合掌
平成23年7月11日
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