 |
 |
 |
平成22年
平成21年
平成20年
平成19年
平成18年
平成17年
|
 |
■ 新年明けましておめでとうございます
|
 |
新年明けましておめでとうございます。年頭にあたり皆様方のご健康とご多幸を心より
お祈り申し上げます。
それにしても昨年末の大晦日から新年にかけて本当に寒かったですね。今年の円満寺の
大晦日除夜の鐘法要・修正会法要は、あの酷い寒さのせいで例年よりもお詣りの人数が少
なかったように思います。でもその代わりにお接待の笹酒や甘酒は飛ぶようにうれて、それ
はそれで良かったかなあ・・・と思いました。
元日は年末からの寒さの中明けましたが、徐々に寒さもやわらぎ穏やかな三が日だった
ように思います。
穏やかな年頭・・・今年はどのような一年になるのでしょうか?昨年は変革の1年−−
アメリカは黒人大統領が、日本では政権交代で民主党連立政権が誕生しました。しかしな
がらまるで「産みの苦しみ」政策は一定せずに右往左往(日本のことですが)・・・でもやっ
ぱり辛抱強く見守るしかありませんね! 今の日本は歳出が歳入の約2倍、差額は赤字
国債でまかなう仕組みになっているようですが、いつか財政破綻が起きそうで不安でなり
ません。鳩山首相がCO2の25%削減を世界に約束しましたが、日本も原点に還り、もっ
と地に足をしっかりと下ろしたような国民性を取り戻せたら、新たな将来がみえてくるよう
な気がいたします。
私達は豊かさに慣れすぎました!これからはどんなにあがいても日本の経済は縮小して
ゆくでしょう。折角だから勇気をもってみんなで質素に生きるように、心がけるのはいかが
でしょうか! 政権を握る民主党政権の皆様−−将来の日本のあるべき姿を目標にして
私達国民をリードしていってくださいね。
扨この三日間私は主に納骨堂の管理事務所の留守番をしていました。お墓も納骨壇にも
沢山お詣りの方が訪れて下さって、今更ながら日本人がご先祖様を大切にする心に触れて、
心篤くなる思いをいたしました。皆様の心を大切に心安らげるお寺であるよう、円満寺を整
えていこうと決意を新にしています。皆様もどうぞ円満寺をお導きくださいね。
1月24日は初不動・柴燈護摩供養法要を相務めます。どうぞ皆様お揃いでお詣りください
ね。
合掌
平成22年1月3日
|
|
|
 |
■ 二月に入って−−平成22年
|
 |
あっと言う間に二月に入ってしまいました。一月は本当に早く過ぎ去ってしまいましたが、
元旦から小正月(15日)までは「松の内」・・・15日は門松や注連飾りに宿っておられた
歳神(としがみ)様が、とんど(左義長)の煙にのって天にお帰りになると、されています。
半月お正月だったんですから、早く過ぎ去るのは仕方ないかもしれません。
扨 二月・・・如月(きさらぎ)と言う美しい名前で呼ばれますが、やっぱり寒いですね!
語源を尋ねると、『如月』は「衣(き)更(さら)着」−衣類を更に重ねて着る月、また
「生(き)更木(ぎ)」−草木が生え始める月とも言われているそうです。
ちなみに一月は『睦月』身分の上下なく老若男女親族一同が集まって睦び合う月、三月
『弥生』は弥(いや)生(おい)、草木が愈々生い茂る月と、ゆかしい名前で呼ばれています。
三日は『節分』四日は『立春』十五日は『涅槃会』と行事が続きます。そのなかでこの度は
「涅槃会−常楽会」について私の「よもやま話」をさせていただきます。
私達仏教徒のみおや釈迦如来さまは約2500年前北インドの地に誕生し、30歳で悟りをえて
(成道)、以後45年間人々の苦しみを癒す為、説法・巡歴の旅をされました。80歳を越えた最後
の旅の途中信者の供養の食事に当たり、病を得て2月15日クシナガラの沙羅双樹の林間に横
たわり、集まった弟子たちに最後の説法を行なった後、入滅されたと、つたえられています。
お釈迦さまの最後の教えは、『自灯明 法灯明』−−我を頼りとするな、自らを拠りどころとせ
よ、伝えた教えを拠りどころとせよ−−であったそうですが、人々はご入滅以来、約2500年間
お釈迦さまを追慕しその恩徳を報謝するため、毎年2月15日、最後のお姿である「涅槃像」を掛
けて、「涅槃経」「遺教経(ゆいぎょうきょう」を読誦し、四座講式(しざこうしき)という文章や声明
をもって法要をつとめます。
ちなみに真言宗では「涅槃会」ではなく『常楽会(じょうらくえ)』と称して法要を行ないますが、
「常楽」とは涅槃(さとり)の境地のこと、具体的にいえば『常楽我常』と言う涅槃の四つの徳の
ことだそうです。
私達の世界は、無常であり、苦であり、しがらみであり。また煩悩で汚されていますが、涅槃・
覚りの境地は、永遠ですから「常」、苦しみを超越しているから「楽」何事にも拘束されないから
「我」、煩悩に突き動かされないから「浄」、『常楽我浄』の世界とされ、「常楽(我浄)会」との
ことで、法要を執り行います。
お釈迦さまは、キリスト経のデウスやイスラムのエホバのような全能の神ではありません。
お釈迦さまはすべてをさとられたお方・・・私達人間もふくめた全ての生物が属している大宇宙
(その進化や衰退、天体運行、悠久の時間 etc)の仕組み・法則を覚り(把握して)大宇宙と仏と
なし、その大宇宙に抱かれて生きていく人間も含めた生物が、安らかに生きる道を説かれ、仏
の法とされました。大般若経六百巻をふくめた全てのお経は、人間が如何にすれば自他ともに
安らかに生きていけるかを、私達に説かれた有難い教えに満ちています。
真言密教の曼荼羅図ではお釈迦さまは「不空成就如来」というお名前で常に私達人間に語り
かけ導いて止まぬお徳・ご誓願の如来さまとして、大日如来の北方に座しておられます。
三月には春彼岸・・・浄土にいますご先祖様に供養する日々が巡って来ますが、このひとつき
は私達を導いて下さったお釈迦さまや仏の教えを今に伝えてくださった先師たちへの感謝の心
を抱いて日々を過ごしてまいりましょう。
合掌
平成22年2月3日
|
|
|
 |
■ 葬儀よもやま話−−平成22年3月
|
 |
弥生三月となりました。本格始動の季節ですね。円満寺の春彼岸参りは三月六日から始
まります。お詣りの若いお寺さんがたは、とても忙しい思いをされますが、私たちもサポート
の役割を精一杯頑張ろうと張り切っています。
さて今月のよもやま話はお葬儀で感じたこと−−先月末にはお寺の先住様が亡くなられ、
お葬儀に列席する機会がありました。大僧正さまのお葬儀とて法衣七条袈裟をまとい、威
儀を正したお坊さま方の壮麗な厳儀(ごんぎ)でしたが、感動したのは火葬場へのお見送
りの儀式でした。勿論本堂から山門前の霊柩車までの短い道のりですが、所謂「野辺送り
の儀」・・・東播磨周辺では現在行われていませんので、カルチュアショックと言うか・・・
「ああ、以前はこんな風に近親者や地域の人々が大切にお見送りをしていたんだなあ!」
と感じ、心からの合掌をしてお見送りをしました。
・・・かと言っても詳細はわかっていないのですが、一応のご説明・・・葬列は提灯、
白い紙の幡を結んだ4本の笹、花かごや香炉・天蓋やお膳、写真・位牌etcを近親者
が捧げ、白い三角の布を頭に結んだ男性がお棺をかつぎ、何度もお棺をぐるぐる回し
て、門前まで行列・・・故人と遺族の永久の別れをしました。そのあとで火葬場へ出発、
列席者一同でお見送りしました。
・
この頃のお葬式は都会で「独葬・直葬」と称して、葬儀が軽んじられる傾向ですが、粗
末にしてはいけないのが『魂送り』・・・、寿命が無くなったことによって拠りどころを失った
魂を未来の世界に導く大切な行事ではないでしょうか?
私たちは「出産」赤ちゃんが生まれたときは大喜びで家族でお祝いをしますが、「死」を受
け止め、家族が揃って心からの見送りをするのも、とても大切なことです。
また葬儀は、故人の生前の『生き様』に感謝と敬意を表し、四十九日の逮夜期間は、故
人への供養と共に、遺族の心を癒し故人との決別の覚悟を決める大切な修養をする時間
ではないか!と、私は思っています。
葬儀に於いてお坊さまは「ご本尊さまの代理」として故人の魂を来世(浄土)に導くため、
生前の行為を清め仏の教えを与えて恙ない来世(浄土)への道のりをお導きしています・・・
(引導作法)
「布施」と言うのは、お坊さまに回向をしてもらったり仏の教えを戴いた時に、感謝の
気持ちとして法衣や食料をささげ、住まいを提供したりしたことに由来します。
また「戒名料」について皆様疑問をお持ちではないでしょうか?
「戒名」は仏さまの弟子となって仏道修行をする時に師匠のお坊さまからいただく名前
で、仏さまの弟子として、戒律(たとえば十膳戒・・・)を守りますとの誓いを約束した
名前です。
最近は死亡時の葬儀の際に、いきなり仏弟子となり戒名をいただくため戒名料がしばし
ば話題になっていますが、あくまでも師僧に対する感謝のしるしとお考え下されば、納得
いくのではないでしょうか? (円満寺でも戒名料は決まっていますので、特別に希望の
戒名がありますなら、相当の戒名料を納めていただく事になります)
お寺さんへの葬儀参列の機会に私の思う葬儀よもやまはなしをかいてしまいました。
どうぞご了解くださいね!
春彼岸にまもなくお詣りさせていただきます、おこまりや疑問がありましたら、どうぞ
ご相談してみてくださいね。
合掌
平成22年3月2日
|
|
|
 |
■ 書き下ろし小説『太郎が恋をする頃までには・・・』
|
 |
春彼岸が終りを告げると、すぐさま四月が訪れました。初夏を彷彿とするような日々や牡丹雪
が舞い散るような寒さ、突風がふいたり、夜半に土砂降りの雨がおそってきたり・・・、不順な
天候が収まり、ようやっと満開の桜を愛でる数日にであえそうですね。
四月になりました。月末月初めには、どんな「よもやま話」を書こうかなあ・・・と思案に
くれてしまいます。
扨──今月の話題は栗原美和子さんの書き下ろし小説「太郎が恋をする頃までには・・・」。
この小説に出会ったのは、著者の栗原美和子氏が高野山真言宗の全国宗務支所長会の関で
講演をされたとのこと・・・住職が著書を買ってきて「この本読んでみたら!」と手渡されたのが
出会いでした。読みやすい平易な文章ですが、内容は重い同和の結婚差別の問題です。
主人公「五十嵐今日子(栗原美和子)」と結婚した「海地ハジメ(村崎太郎)」の父親の知人
の詩の一節から・・・部落解放運動の中での一節です。
『タローが恋をする頃までには』
知事と交渉している代表を待つ間 彼は幼いタローを抱き上げていた
ようやく笑えるようになって たまらなくかわゆいらしい
いく度もゆさぶりいく度も頬ずりしていた
同じような幼児を 家に残してきた人だろうか
オレにも抱かせろ ワシにもと かわるがわるタローを抱き上げた
おとなしく抱かれているタローをあやしながら ひとりが言った
「タローが恋をする頃までには この壁ぶちやぶって
必ず差別のない世の中にしなくっちゃ」
まわりの人が一様にうなずいた ひとりひとりの大人の胸にずっしりとこたえた
そうだ、 この子が恋をする頃までには・・・・・
真っ黒に日焼けした顔に 白い歯を覗かせて彼らは くりかえし つぶやいた
「タローが恋をする頃までには・・・・タローが恋をする頃までには・・・・・」
(この差別の無い世の中が訪れますように、全ての人間が平等にあつかわれますように)
著者の夫─猿軍団で人気をはくした村崎太郎氏は同和部落出身で、著者は謂れのない差別
に屈せず成功を収めた彼の人間の器と人生の哀歓に共感して結婚しましたが、結婚による
さまざまの影響を五十嵐今日子を主人公として、言葉をつむいで書き下ろしたものです。
差別は長年の同和教育で本当に目立たなくなりました!でも他人に触れられたくない心の一点
を持ちながら生きるのは辛いですね──見えない差別を克服するのは「勇気」が必要ではない
でしょうか?特に差別する側の当事者に!!
周囲には大変なことなのでしょうが、大切な相手に出会ってしまったのなら、これも『ご縁』
ですよ!本当にそう思いましょう。
こんなに生き難くなっているこの時代、周囲に暖かく接する人間になれるよう、自分の意志を
持って人生が生きられるような子育てができているか、それこそ勇気がいる大切なことだと考
えます。社会に迷惑を掛けない周囲に優しい若者を育てること・・・新しい差別を生まない大人
の課題ですね。
合掌
平成22年4月5日
|
|
|
 |
■ 高野山詣りに思う―平成22年5月
|
 |
長雨と寒暖さが多かった四月がたちまち過ぎ去って五月を迎えました。幸いな事に五月に
はいってからは晴天が続き、花祭・髪納め法要もつつがなく務めることができました。
不順なお天気続きでしたが、三月末に開花した桜は満開のまま咲き続き、八重桜と共に円
満寺では牡丹も咲き出で、もう盛りを過ぎようとしています。本当に今は花盛りの季節です
ね。
さて、先月は4月14,15,16日と高野山金剛講全国奉詠舞大会があり、私も高野山に
お参りを致しました。これは日本全国の金剛流ご詠歌と宗教舞踊を勉強いている人たちが、
日頃の精進の成果を披露して結果を競う全国大会ですが、私はあいにくお彼岸前後から風邪
気味で自分のお唱えができず、審査員を務めただけの大会になり、とても残念に思いました。
高野山は満開の桜に彩られ、金剛峰寺の山門前のしだれ桜は、それはそれは・・・見事で
したが、14日は底冷えがして15日は朝からの雪が降り、お花見と雪見を同時にして本当
に珍しい景色を拝見しました。16日は朝から奥の院にお参りしてお大師さまにご挨拶を申
し上げ、下山をしましたが、今度は大門からの道からの眺めが見渡すばかりの雲海で、麓の
家々やさまざまの日常の景色が掻き消え、まことにみ仏の為された大自然のお荘厳の素晴ら
しさにであうことができて感動のひとときでした。
| |
一 |
花はくれない葉はみどり 峯の松風たにのおと |
みなこれ真如のみ姿ぞ ひとしく法(のり)の声ぞかし |
| |
二 |
浄く妙なる法(のり)の身は 始め終りもなき道の |
三世をこえてとこしえに おしえを広く宣(の)べ給う |
| |
三 |
迷いの霧はさながらに あまねく十方照らすゆえ |
真如の光あきらけく 大日尊と仰がるる |
| |
「まことのみち」と言う和讃の一節ですが、川のせせらぎや風騒ぐ音、季節の移り変わり
が、さながら御仏からの語りかけ、曼茶羅の世界なのかもしれませんね。 |
| |
六大無礙にして常に瑜伽なり (ろくだいむげ) (ゆが) |
四種曼荼羅各々離れず (ししゅまんだら) |
| |
三密加持すれば速疾に顕わる (さんみつかじ)(そくしつにあらわる) |
重々帝網なるを即身と名づく (じゅうじゅうたいもう)(そくしん) |
お大師さまのお言葉だそうですが、難しいですね。―六大は宇宙の構成要素 地(大地)
水(海)火(熱・太陽)風(空気)木(森林)金(金属・鉱山)だと思いますが――、宇宙の
六つの構成要素は緩やかに遮るものも無く、永遠に結びつき溶けあっている。宇宙(み仏
の活動)を表現した四種の曼荼羅(大曼荼羅・三昧耶曼荼羅・法曼荼羅・羯羊≪かつま≫曼
荼羅)はそれぞれが真実の姿をあらわし、そのままに離れることはない。み仏のご誓願と我々
の体・言葉・心の働きによる切なる願いが不思議な働きで応じあう時、速やかに覚りの世界
に出会うことができる。あらゆる『命』が帝釈天の持つ網のように重なり合いながら、映し
合うことを名付けて即身という。
何だかよく分からない説明ですが、高野山にお参りした感動をお大師さまのお言葉に添えて
お伝えしました。
合掌
平成22年5月6日
|
|
|
 |
■ 六月を迎えて――萩への小旅行
|
 |
雨が多く気温も低かった五月が過ぎ、六月を迎えました。今年は三月が例年よりも暖かく
桜の花も早く咲きそろいましたが、四月は気温が低くて満開の桜を長く楽しむ事ができまし
た。五月も・・・北からの寒気が強いんでしょうねえ・・・朝夕は冷え冷えとして空気が爽
やかでした。さあ・・・六月はどのような気候でどのような出来事の毎日になるのでしょうか?
私は友人のお誘いで五月のある日山口県萩市へ一泊二日の小旅行に行ってきました。
私も友人も二人とも以前のような若さがなくて・・・「のんびり行こな〜」ゆっくり出発して、
のんびり行程でしたが新山口から萩までの野山の緑の美しさにすっかり感動して、すっかり
旅気分に浸り、旅行中にすっかりやる気になってしまいました。ホテルに到着してお茶を戴
き、萩の町めぐりに出かけました。流石旧毛利侯の城下町・・・町全体が松の大木や夏みか
んの緑が白壁の塀に映えて爽やかな薫りが感じられるように思いました。
二人が訪ねた萩の旧城下町地区・・・特に菊屋家住宅は貴重な文化財として保存され、
見事な山水の庭、藩の御用商人としての帳場のある母屋、金蔵米蔵や釜場、座敷に展示
してある貴重な美術品の数々・・・当時の豪商の財力や知性、社会的功績や暮らしぶりが
偲ばれ、菊屋家をはじめとして、このような貴重な町屋を大切に保存してきた萩市の皆様の
歴史を大切にする篤い思いに触れたように感じました。
それに萩市は吉田松陰はじめ維新の偉人の町やね〜!!二日目はホテルのすぐ近くの萩博
物館にでかけました。広々と整備された館内は毛利藩の武具や大名家の調度品や萩城下町の
町割屏風etcが展示され、親切な学芸員さんが丁寧に説明して下さいました。
でもやっぱり・・・吉田松陰・高杉晋作・木戸孝允・日下玄瑞・・・伊藤博文―明治維新
に活躍した人々の詩文・書簡・禁門の変に使用した武器その他の展示に心うばわれました。
丁度大河ドラマ「龍馬伝」がNHKで放送されていて、これから登場する人々ばかり・・・
20歳から30歳くらいの若者たちが外国船襲来からの時代変動に対応して命がけで立ち上
がり、世の人々のあつい「うねり」を起こして時代を変えていった様≪さま≫が感じられて、
現在の日本の状態を比べ思い合わせ、とても心細く残念な思いがいたしました。
美しい萩の風景と歴史の重み・・・何も積極的な活動ができていない私ですが、「やっぱり
ファイト!!!」若さは薄れているけれど、一人の人間として前向きに「一歩一歩」歩まな
ければ・・・と、旅心と共に強く感じた二日間でした。
|
| ホテルイングリッシュガーデン
|
六月は庚甲大祭が7月に変更になった関係であまりたいしたご案内がありませんでした。
7月には―3日庚甲大祭・大般若経六百巻転読法要、18日大施餓鬼法要を相務めます。
またご案内を申し上げますのでどうぞお参り下さいませ。
合掌
平成22年6月8日
|
|
|
 |
■ 七月に入りました。――平成22年7月
|
 |
あっと言う間に六月が過ぎ去り七月盛夏の候となりました。とは申しながらまだまだ鬱陶
しい梅雨空の毎日が続いています。垣根の卯の花の白さや鮮やかな紫陽花の紫に一瞬心洗
われる思いの毎日ですね。
さて六月の日本は、政治資金問題や普天間問題で鳩山首相が責任をとり、小沢幹事長と共
に政権の座を降りました。 大急ぎで「菅直人首相」が誕生し、国会閉会・参議院選挙突入と、
慌しい中過ぎ去ってしまいました。
振り返れば6月23日は「沖縄慰霊の日」沖縄諸島は太平洋戦争での日本本島上陸の盾と
なり、多数の沖縄住民が犠牲になりました。摩文仁(まぶに)の丘の「平和の礎(いしじ)」
には23万人余の犠牲者の名前が刻んであるそうです。戦後は連合国側に占領され、返還後
も米軍基地として数多くの土地が使用されています。鳩山前首相は善意の人だったと思いま
すが、この度の普天間基地問題で不確定な約束をして沖縄の心を踏みにじった行為は、許せ
るものではありません。沖縄県民の苦しみは日本人の苦しみでもあります。又沖縄のもう一
つの苦しみは基地の町として成り立っていることも複雑な要因となっているのではないで
しょうか?日本の政府も立法府の人々も強いリーダ―シップで確実な目的を示してもらったら、
他の人々の為の働こうとする篤い心の日本人が多数いるはずです!
私たちも折角の選挙の機会だから、頑張って自分たちの意志を示そうではありませんか。
さて円満寺では6月15日〜16日四国八十八ヶ所参拝と高野山参拝旅行にいってまいりました。
87番長尾寺・88番大窪寺で八十八ヶ所は満願し、立派な満願の鉦を戴いて皆さん
ご満足のようにお見受けいたしました。幸い大雨にあわず緑滴る山道をのぼって、
高野山では奥の院も伽藍の参拝も上天気で本当に有難いお参りでした。
7月には3日庚申大祭大般若六百巻転読法要と18日大施餓鬼法要を行います。日本の
神道では「大祓い・夏越しの祓い」と言って、半年間の汚れ禍(わざわい)をはらう行事があ
りますが、円満寺でも庚申大祭・大般若加持で皆様の除災延命・無病息災を祈願致します。
また18日の大施餓鬼法要は、皆様方の遠き近きご先祖さまを御供養申し上げ、食事を差し
上げ、またこの世の見える、見えざる精霊にも同様の供養を申し上げてご先祖さまへの功徳
を積む有難い行事です。皆様何かとお忙しい毎日と存じますが、7月・8月は先祖供養の季
節・・・どうぞお揃いでお参り戴き、またお盆の行事もおつとめ下さいませ。
合掌
平成22年7月6日
|
|
|